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軽度の回避性パーソナリティ障害みたいだ

ずっとおかしいと思っていた。

 

僕はよく涙が出る。

 

最近では面接で詰められたときに泣いてしまって、面接官が「そんな厳しいことは言ってないんだけど」と困っていた。

僕自身も厳しいことを言われたとは思っていない。

泣きたいとも思っていない。同情を誘いたいわけでもない。

 

昔も、バイトの研修の時に注意されただけで号泣したことがある。

その注意は的を射たものだったし、まったく理不尽ではなかった。

できないことに対して悔しいとも思わないし、悲しいとも思わない。

だけど、涙が出るのだ。

 

僕は、自分の自己防衛機能が高いのだと思っていた。

無意識に傷ついているのかな、と。

でも、耐える練習をすれば治ると思っていた。

 

けれど、ある日Twitterで精神病についてのツイートが流れてきたとき、それを読んで思ったのだ。

「これ、僕と真逆じゃないか」

本当に正反対で、もしこれが精神病なら僕も何らかの精神病なのかもしれないと疑念を抱いた。

 

そこで調べてみた。

【検索:すぐに泣いてしまう】

 

その結果、出てきたのが<回避性パーソナリティ障害>だ。

 

<回避性パーソナリティ障害>の主な症状を引用する。

 

 

回避性パーソナリティ障害は,傷つきと失敗を恐れるあまり,人と接触したり,課題にチャレンジしたりすること自体を避けてしまうことを特徴とするパーソナリティ障害です。

どうせ自分は失敗してしまう,どうせ自分は人から嫌われてしまうという否定的な思い込みが強く,それなら最初から何もしないでいるのが一番安全で楽だと考えてしまうのです。その結果,進学,就職,結婚という人生の大きな選択を避けたり,実力以下の損な選択をわざわざ選んだり,自分からチャンスを潰してしまいがちです。恥ずかしがりやで失敗して恥をかくことを極度に恐れます。その恐れのためにすべてのチャレンジを諦めてしまうのです。
対人関係においても不安感や緊張が強く,いかにも自信がないというオドオドした人が多く,本来の魅力が生彩を欠いて見えてしまいます。運動したり,体を人前にさらしたりするのも苦手で,肉体関係を持つことにも自信がなく消極的です。相手が好意を抱いてくれていても,自分はどうせ退屈で魅力のない人間なので,嫌われてしまうからと思い込み,身を引いてしまうこともあります。

回避性パーソナリティ障害(こころの病気のはなし/専門編)

 

つまり、失敗や恥を恐れて挑戦することを避け、自己評価が低い人間だ。

 

僕の症状としては、まず自己評価が低い

長所が見つからないが、いつもはそれっぽい長所を作って自己PRしている。

でも一度だけ、面接で長所を聞かれたときに素直に長所がないことを言ったことがある。

そのとき「それは自己分析が足りないのでは?」と言われた。

けれど、そうじゃないのだ。自己分析をした結果に長所がないという結論に至ったのだ。

おそらく、評価基準が高いのだと思う。

 

<回避性パーソナリティ障害>の人間は「理想の自己」と「自己評価の自己」が離れすぎている点も特徴のひとつだ

真ん中の、「現実の自分」をうまく見れないのだ。

 

また、拒絶に対する感受性が強い

僕は人と接しているとき、すぐに「この相手は僕を嫌悪していないか?」と考えてしまう。

相手が僕に抱く気持ちと同じ気持ちを返すようにしているのだ。僕が相手に好意を抱いているにも関わらず、相手が嫌悪を抱いていたら立ち直れないから。

 

 

だから、面接で詰められたときや、バイトの研修で注意を受けたときにそれを拒絶と感じて涙が出たのだろう。

 

 

そもそもこうなった原因は二つある。

 

一つ目は、親の過保護。

<回避性パーソナリティ障害>になる人間は親から厳しい虐待を受けていたか、もしくは過保護に育てられていた場合が多いらしい。

僕はまんま過保護である。過保護の中の過保護。今でも親から3日に1回は「生きてる?」とLINEが届くくらいだ。

 

もう一つは、自我が形成する時期に大衆の前で批判されたこと。

小学高学年の頃、僕は宿題を先に先に進める子供だった。漢字ドリルって次に宿題になるところも普通に予測できるだろう。

だから僕は、2ページ、3ページと次に進めていた。最後に楽ができると思っていたから。

 

けれど、ある日クラスメイトの前で先生に言われたのだ。

「ごんぶとくんはずるい。宿題を先に進めてる。ごんぶとくんがしている部分は宿題に出しませんから」

 

クラスメイトの前で批判されたこと、そもそも自分の行いを狡いと称されたことがショックだった。

 今なら、結局宿題の総量は変わらないのになんで注意されなきゃいけないのか憤慨していただろう。

けれど、当時のピュアな僕は泣いて教室から逃げた。

 

ちなみに翌年からは宿題を一切しない生徒として黒板に名前を書かれていたことを覚えている。

夏休みの宿題も、7月中に終わらせるタイプだったのに一転して提出しないタイプになった。

急激に宿題に対してのやる気がなくなったことが当時は謎だったのだが、こう考えるとこのときの出来事が原因なのかもしれない。

 

自我が形成されている最中は、大人から見るとそんな小さなことで?と思うようなことが子どもにとっては性格形成に影響する。 

 

 このときの出来事は、僕が<回避性パーソナリティ障害>を克服しない限りついて回るのだと思う。

 

 

 

まあ、本当に<回避性パーソナリティ障害>かどうかは、まだ精神科医にかかっていないから分からない。

もしそうだったとしても、引きこもらずに生きていけているから軽度なのだと思う。

けれど、自分がこの精神病と思うことで、今まで分からなかった涙の 原因や、自分がなぜこんなに恥に忌避感を抱いているのかなどが分かって少し気が軽くなった。

 

<回避性パーソナリティ障害>は、

・小さな成功体験を積み重ねる

・周囲に褒めてもらう

などの方法で克服していけるらしい。自己肯定感を高めるということだ。

 

なんというか、自分で自分をもっと肯定していいんだよと許された気がして嬉しい。

精神科医に行くかどうかはまだ悩んでいる。

少しずつセルフケアしていきたい。